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「受験勉強=詰め込み」という虚像

 昨日で大きな仕事が一段落したのは良いのだけれど、土曜日くらいから体調が悪く、今朝から声がほとんど出なくなってしまった・・・。「話す」ことが仕事なのに・・・。

 さて、そもそもなぜ「ゆとり教育」が唱えられたかといえば、それは苛烈な受験戦争によって、日本人の頭脳の「思考力」を育成することを教育は怠っていたのではないかという反省からだったわけだ。たしかに、日本からは優秀な技術者は多く生まれても、優秀な発明家や学者は決して多く輩出されなかったように思われるので、僕もその問題意識には共感を覚える。けれども、そういった観点からの「詰め込み教育」批判には根本的な誤解があって、少なくとも「受験戦争の勝者」たちは、知識を「詰め込んだ」だけの思考力のまったく乏しい人間ではないということが、今日僕が言いたいこと。

 僕らの塾では(というより、おそらくこの業界の人なら誰でも)、成績下位のクラスほど暗記重視の授業となり、成績上位のクラスほど、論理的理解を要求する授業を組み立てる。それは、論理的理解を伴ったほうが、知識としての定着もよいし、応用も効くからだ。乙武氏が「頼朝と義経の兄弟関係がどんなものであったかに思いを馳せるほうが、よほど楽しく、その時代を知ることができる。」と指摘しているのは、そういう意味で正しい(でも、年号を覚えることで世界史とのつながりなどが見えてくるわけだから、年号暗記は最終的に必要だと思うけれどね)。そして、「受験戦争の勝者」、つまり、成績上位者ほど、知識をそういう仕方で理解して定着させている。「詰め込み教育」批判は、この事実をどうも黙殺しているんじゃないかという気が僕にはしてならない。

 それでは、なぜ、成績下位のクラスでは、「暗記重視」なのか・・・。それは、また後日ということで・・・。

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