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ボーナス、格差、「負け組」

ボーナスの季節である。

今年のボーナスの平均額がどうたらというニュースがやたら目に付き、
ボーナスで何を買っただのという日記が知り合いのブログをにぎわす時期だ。

以前なら、そんなことはまったく気にならなかったのだけれど、今は違う。


大学院へ進学を決めたとき、経済的な成功とは無縁な生活をする覚悟を決めた。
僕と近い学派の人たちはみんな就職できないできびしい生活をしていたのを知っていたからだ。
ただ、そのときは、大好きな人がいて、その人と<ふたり>で生きていくのであれば、がんばれると思っていた。
その人が僕から去っていたのは、僕の大学院合格が発表される4ヶ月前のことだった。

いろいろあって、大学院での勉強から学習塾での仕事へと軸足を移した。
学習塾の給料は、20代半ばまでは、同世代の仲間たちよりむしろ良いほうだった。
けれども、そんなのは数年で逆転された。呑気な僕はそんなことに気がついていなかった。
生活をするだけなら、お金には困っていなかったから。

1年半前、結婚を決めた。
けれども、半年でそれは破談になった。
いろいろ理由はあるのだろうけれど、結局のところ、僕の「経済状態」が、いちばんの要因だった。

そのとき、始めて知った。自分の給与額や貯金額が、同年齢の連中の平均額より圧倒的に低いということを。
そして、なによりも、「お金の切れ目が縁の切れ目だ」ということを。

お金で愛は買えないけれど、
お金がないと愛は支えられない。


それからは、ものの見方が変わった。

「理想の塾を自分で作りたい。」
という長年の夢の意味合いも変わった。

それまでは、
「自分が納得いくすべてのことをやってあげて、子どもたちに成果を出させてあげたい。」
という考えだけだったけれど、

「塾講師というすばらしい仕事を続けていくうえで、『人並み』の収入を得ようとするのであれば、
『雇われ』の身である限りそれは不可能で、自分で塾を経営し成功させるしか、方法が無い」
という考え方もするようになった。


ボーナスの平均額・・・・自分にとっては夢のような金額がそこには書かれている。
自分の年齢・・・・母親が今の自分の年齢だったとき、僕はすでに小学校高学年だった。自分に残された時間はあとわずかだ。

「格差」とか「負け組」という言葉が今はとてもリアルだけれど・・・・

このまま終わるのは悔しい。
幸いにして、進むべき道は見えている。
それを見せてくれる人たちに出会えたのは幸運だった。

日々修行・・・・
逆転ホームランを打つために。

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